我輩は無名である。名前はまだない

スクリーンを後にしながらこう考えた。智に働けば角が立つ。情に棹させば流される。意地を通せば窮屈だ。兎角に人の世は生きにくい。生きにくさが高じると、映画でも観て、別の人の世を生きたくなる。どんな人生も生きにくいと悟った時、散文が生まれて、映画が出来る。

映画について語る時に、僕が騙ること。

雨にも負けて、風にも負けて、

夏の暑さにも負け続けてきた33年間。

 

そんな人生の中で、

私はこの10年ほど、本を中心に仕事をしてきた。

ある時は遊べる本屋の書店員として。

またある時は書店営業マンとして。

またまたある時は生活提案型の書店員として。

 

そんな私がこの1年、映画を生業にしている。

いや、生業というにはいささかおこがましい。

なにせ、何も結果を残していないのだから。

 

なぜ結果を残せなかったか?

私には圧倒的に映画の知識が足りなかったからである。

 

映画に関するストックといえば、

青春時代に憧れた、

ブラッド・ピットレオナルド・ディカプリオリヴァー・フェニックス

彼らの作品しかなかったのである。

その時の感情は、かっこよくなりたい。

と、純粋なものでして、

ーなれるはずもないのだがー

作品そのものは置き去りにしていたわけです。

それが故、内容を覚えているわけがない。

 

要は、オススメがないわけです。

「こんな映画を探している。」

人に対して、勧めるものがない。

 

無いならば、どうすればいいか?

観るしか無いわけです、映画を。

 

これは「1年に365本」観ることを目標に、

その散文をまとめる為のものである。

 

量に勝る、質はない。

 

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